影響力の武器/ロバート・B・チャルディーニ
パブロフの犬、を知っているだろうか?
犬に餌を与える際には必ず最初にベルを鳴らす。この流れを続けていると、そのうち犬は、餌がなくてもベルの音を聞いただけで唾液を分泌するという生理現象を証明した実験だ。これは「条件反射」と呼ばれており、心理学などの分野では、人の行動選択の基本として広く認知され、利用されてきた。ただしこれは、経験などで後天的(後付け)に獲得された文字通りの「条件の反射」である。
しかし本書が着目しているのは、その真逆。つまり、先天的(生まれながら)に備わっている「無条件の反射」ともいうべき反射について述べているの。この「無条件の反射」を、本書では「影響力」という言葉で表現している。具体的には、人が人と関わる時に、ある刺激が入ると無意識に反応してしまう行動パターンのこと。そこには、たしかな理由も、明確な動機も、客観的な事実も存在していない。言わば無意識の行動パターンである。
次に「武器」という言葉だが、本書では、人が無意識に行ってしまう刺激と反応のパターンを利用して、他人が、自分にとって有利な条件や結果を得る道具として使用する、という意味で使っている。
つまり本書「影響力の武器」は、人には生得的に備わっている「無条件の条件反射」があること、そしてその「条件反射」は、他者が相手を利用して利益を得ようとする道具(武器)として使われているという事実があることを教えてくれている。
この「影響力の武器」にはどんな種類があるのだろう。本書では次の6つを紹介している。
①「返報性」
②「一貫性」
③「社会的証明」
④「好意」
⑤「権威」
⑥「希少性」
これらはすべて「人がある刺激を受けると無自覚に決まった反応をとる心の動き」の種類だ。 簡単に言えば「返報性」は人から何か恩を受けるとそれを返そうとする動き。「一貫性」は自分の考え方を固辞しようとする動き。「社会的証明」は大多数の他者の意見に同調しようとする動き。
「好意」は自分が好きと思えるものを尊重しようとする動き。「権威」は自分より立場が上と思えるものに対して従おうとする動き。「希少性」は数が少ないものに対して価値を見出す動き。そして、この「心の動き」は、自分の置かれた状況が、不確かで不確実である場合において特に働きやすいことが証明されている。
本来この「心の動き」は、人類が共同生活を営む上ではある意味で必要な仕組みだったと思う。この動きに従ってさえいれば最低限の生存は保障されていたのだろう。しかし、社会が発展するに従って、人が人を利用する機会が増えていったことにより、この仕組みは、本人のためだけでなく、他人のために利用されることが多くなったのだ。
つまり、本当の意味で自分にとって不必要な情報が、望まない形で入ってくることが多くなりつつある現代において、この「心の動き」を利用して利益を得ようとする(武器として扱う)頻度が増してきていることを本書では警告している。
「影響力の武器」は、今後ますます使われていくだろう。それは人類がテクノジーの進歩と情報過多のせいで、自分自身で判断することが難しい局面が増え、結果、自ら考えることを放棄して「無条件の反射」に身を委ねるほうがラクだと考えるようになるからだ。ただ、その安易な思考に陥ると、他者からの「影響力の武器」に晒される危険があることも事実だ。
では、この「影響力の武器」に対して我々はどうように対応すればよいのか? 本書では、各章ごとに「防衛法」という項目において、その対処法を説明してくれている。共通する大前提としては、人にはこの「心の動き」があること。次に、それを利用しようとする存在があること。最後にその状況で自分が無自覚にこの「心の動き」にのせられていないか?を疑ってみること。この3つの視点を持つことが基本となる。
なぜ自分がこんな行動をしてしまうのか? その答えの一つは「欲求」だと思うが、それは個人から発信される内面的刺激と、他者が発信する「影響力」という名の外面的刺激である。「欲求」については、マズローの欲求段階説などが有名だが、本書の論点はそこではなく、人には外部からの刺激に対しても無条件に反応してしまう機能が備わっている。この視点が面白くもあり、恐ろしくもあると強く思った一冊だ。
2021.09 GAJIO