​無境界−自己成長のセラピー論/ケン・ウィルパー 

えらい本に出会ってしまった。一言で言えば​こんな感じである。本書は人、いや人類が抱える諸問題の根源的な原因と結果、そして、その構造と機能を説明していると言っても過言ではない。とてつもない名著である。

 本書を読み解くポイントは「理解できるかどうか?ではなく、感じ取れるかどうか」といった、いわば主体的感性ともいうべき感覚を持てるかどうかにかかっていると思う。

 科学的な視点を重視する人は、本書を読んでこう思うかもしれない。「客観的な証拠は?」「具体的な事実は?」「信頼に足る根拠は?」。しかし本書の評価基準は、この第三者的な客観的視点には存在しない。最初から個人の中に在るものを、様々方法を駆使して消してしまおうとしてきた存在について言及しているためである。それは「無意識」や「抑圧された自己」などと呼ばれるものである。


 持つべき評価基準とは、自分自身が今まで見ることを拒絶してきたもの。もしくは本当はあるのだが気づいていないもの。つまり読み手の内面的領域である。この本に書かれている内容が「自分の中に在るのか無いのか」それを探求する姿勢があって、はじめて本書の理解、そして自分の内面理解にとっての大いなる一歩が踏み出せるのではないかと考える。

 では、本書には何が書いてあるのだろう。

 それは、この世界の本来の状態と自分自身が生み出す精神世界との関係性のジレンマだ。本書の大前提として、私たちが生きているこの世界は「無境界」つまり境界のない世界である。そこに、人は「境界」を作って成長し発達していく、という世界観が存在している。

 本書では、この「境界」という言葉が重要なキーワードになっている。本来何の違いもない、ある意味、平等で対等の世界の中に、人は「境界」を作って比較を生み出し、その比較から生み出される他者との違いを元にして、自分を認識し、自己成長を促進していく。だが、この「境界」を作る過程とそれを維持する段階において、何らかの原因によって健全な状態で進行することが難しくなり、結果、自分自身を守り育むはずの「境界」が、自分自身を攻撃し蝕むものになってしまうという悲劇を招くことを教えてくれている。そして、この「何らかの原因によって健全な状態で進行することが難しくなる」ことは「境界」の持つ性質上の特性であると言っている。

 では、その「境界」の性質上の特性とは何か。一つとして「境界」は対立を生む、というものがある。本書では「一半」というタイトルで説明しているが、簡単に言えば「境界」とは本来一つでまとまっていたものを2つに分け、その違いを明確にする作業である。もともと同じであったものを「片方はA」「片方はB」と、別々なものとして扱うようにするということである。

 本来の性質はAもBも同じものであるはずなのに、違うものとして扱われるため、矛盾が生じる。この矛盾を解消するため、つじつま合わせをするようになる。もっとも一般的なつじつま合わせは、片方を認め、片方を認めない、という選択だ。

 存在を消された側は、自分の存在をアピールし、存在を認められた側は、否定された存在を消してしまおうと動きだす。つまり「認められたモノ」と「認められなかったモノ」との対立が生まれ、それが争いに発展するのである。この争いには、内面的対立を経験し、争いを和解できた者にしか分からないと思うが、想像以上の消費エネルギーを使うことになる。

 しかし、この「境界」の性質は、ある発達段階における特性の一つにすぎない。本書では人の心を「仮面」「自我」「ケンタウロス」「超越的自己」という発達段階に沿って説明しているが、その各段階において「境界」の形や対象は変わり、その特性も変化している。

 最終的には「境界」と「同一化」し、そこから「脱同一化」をする流れを通して「仮面」「自我」「ケンタウロス」「超越的自己」といった発達を果たしていくのことになるのだが、これ以上の説明は本書に譲りたいと思う。

 読み終えた後、自分がいかに「境界」という幻想の壁を作り上げ、そのつじつまを合わせるために、さらにまた別の壁を作るという作業をしてきたか。そしてのその壁のお陰で、大小さまざま対立が生まれ、その争いに疲弊してきたかが分かってきたように思う。現実世界で言えば、世界中で起こっているテロや武力衝突状態である。そこに、平和はない。思えばこの対立に個人の時間・お金・労力をかなり投資してきたのではないかと思っている。

 「これからは自分の心の中に争いのない世界を作ろう!」。そう思える自分になれた一冊だった。ありがとう、ケン・ウィルバー! 貴方は私の救世主です。 2021.08 GAJIO

書籍紹介

無境界 −自己成長のセラピー論−

ケン・ウィルパー 著/吉福伸逸 翻訳

第一刷 1986年6月1日

​発行所 平河出版社

無境界, 自己成長, セラピー, ケン・ウィルパー, 歴史的名著