孤島の鬼/江戸川乱歩
乱歩は、大好きな作家のひとりである。作品との出会いは、20代の頃に職場の先輩に勧められて読んだ「人間椅子」。すぐに文体に引き込まれ、じわりじわりと迫りくるスリルに固唾を飲んだ。
物語の終盤、そして複数の意味に捉えることができる衝撃の結末には、ただただ脱帽した。小説を読んでまるで腰が抜けたように脱力したのは、この時が初めてだった。
そんな乱歩の代表作のひとつに数えられる「孤島の鬼」。Kindleをサーチしていたら、たまたま見つけてしまった。これは未読だ... というわけで即ダウンロード。本作の感想とはまったく関係ないが、江戸川乱歩を電子書籍で読むと、何とも形容しがたい違和感に包まれる。
乱歩の文体は独特で、当時はポピュラーだったのかどうか?不明だが、古めかしい言い回しや語尾の特徴なんかがある。電子書籍の場合、そういった趣ある大正・昭和初期の文体が、液晶スクリーンにつるっと映し出されるのである。
乱歩だって、まさかこんなにつるっとしたもので読まれるようになるとは夢にも思わなかっただろう。ちなみに電子書籍は、意味の分からない言葉を調べながら読み進めるのに便利だが、本作中の言葉は、現代のデジタル辞書がほぼほぼ拾えず。時代の厚みを感じることができた。
「孤島の鬼」は、主人公の男性と、その妻の、身体的特徴の説明から物語が始まる。主人公はまだ若いにも関わらず白髪で、妻の身体には、誰も見たことがないような大きく特殊な傷跡がある。
このふたりの状態が何を意味するのか。主人公が遡って説明するにつれ、ミステリーの片鱗が少しずつ現れていく。主人公を取り巻く人々の背景、関係性なども非常に緻密に描かれ、長編小説ながらゴクゴク読める。
乱歩作品には、抗うことのできない身体特徴、感情の歪み、いびつな関係、喪失など、いつの時代も人が目を背けたくなる醜い姿が舐めるように描き出される。本作でも登場人物それぞれにそういった本質を描きつつ、大事件の真相に迫るべく突き進む私探偵の道のりが、勢いよく進んでいく。
後半にやっと登場する孤島での極限状態も凄まじい。主人公は愛する人の死や友情、同性愛のもつれ、とある家族の系譜、新たな出会いを経て「白髪の現在」に戻るのだ。
読み進めるほどに深まる謎の数々は、終盤、ひとつひとつが丁寧かつ見事に回収され、探偵小説、ミステリー作品としても存分に楽しめる。謎解きとスリルの中に人間の本質が散りばめられているのが、やっぱり、乱歩作品の魅力なのだろうなぁ。ハマる人は間違いなくハマる、そんな一冊だ。
2020.12 AKi